永久脱毛は「永久」とは限らないブログ:19年01月15日


昔から母親は病弱で入退院を繰り返していましたが、
元気な時はわたしや姉貴に料理を教えてくれたり、
手作りのおかしを作ってくれました。

学校から帰って、台所の出窓に、
すり鉢とすりこぎとザルが並べられているのを見つけると
心が躍ったものです。

なぜなら、
母親の手作りのおかしが用意されている合図だったから。

肉体こそ弱かったものの、
好奇心旺盛で料理好きな母親は、
わたしや姉貴を料理教室に通わせ、
料理に必要な材料は全て揃えてくれました。

その頃は珍しいガスオーブンを使った料理を作り、
包装紙の裏にメニューやその日に使うお皿を箇条書きに書き並べて
楽しそうに料理をする母親を見て、
わたしもいつしか料理の世界に惹きこまれていきました。

母親はわたしが23歳の時に他界しましたが、
今でも私の偉大なる先生なのです。

わたしがまだ小さい頃、我が家では、
毎年1月3日に親父の会社の人たちが大勢集まり
会議を開くという恒例行事がありました。

家中に目標を書いた紙を貼って、
10時から親父と会社の人たちはゴルフ大会。

その間、
母親とわたしと姉貴は、
人数分の料理の支度をするのです。

小学校低学年だったわたしは、ホワイトソースを作る係。
薪をくべたストーブの上で
一生懸命ホワイトソース作りに専念したものでした。

家族の一員として責任ある仕事を任されたという気持ちで、
わたしはその時間がとても好きでした。

そしてもう一つの楽しみは、
親父からの1年間がんばったご褒美。
姉貴や兄貴にはお年玉、
まだ小さいわたしには、ちょっと変わったご褒美が手渡されるのです。

「1年ありがとう」
そう言って親父はわたしに箱いっぱいの「冬苺」をくれました。
当時はめずらしい苺で、わたしはそれが楽しみで仕方ありませんでした。


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